切り取られた声の謎について
私の住んでいるアパートは壁がやけに厚くて、隣の生活音がほとんど聞こえない。
ベッドに寝そべって本や漫画を読んでいると、もしかしたら世界はすでに終わっていて、今、この時間は残像なのではないかと思ってしまうほどにしんと静まり返っている。
しかし、リビングのドアを開けると一転、外の廊下の音がものすごくよく聞こえる。
小さな咳払い程度であっても。
で、今朝、風を通したくて窓とリビングのドアを開けておいたら、
いきなり
「行ったらあかん!行ったらあかん!行ったらあかんてぇぇぇぇぇ~」
という、中年女性の悲痛な叫び声と
「諦めいっ!!」と一喝する中年男性の声が。
その後、短くすすり泣く声がして、また何事もなかったかのように静寂。
…。
え?
何?どういう状況???
これってたぶん、アパートのどこかの家の玄関先で、中年女性が出ていく誰かを引き留めようとして、中年男性が諌めているんですよね。そして中年女性の願い虚しく、誰かは出ていってしまい、別れを嘆くすすり泣きは、玄関の扉が閉まると同時に家の中へ消えていったと。
普通に考えたら中年男女は夫婦で、出ていった人物は子どもかな。
でも、何がおかしいって、これだけ声ははっきり聞こえているのに、出ていったであろう誰かの足音が一切聞こえない。こっちは耳をダンボにしていたにもかかわらず。
これ、怖くない??
「諦めい!!」っていうやや時代劇チックなセリフから察するに、今まで散々母親は反対し続けていて、でも子供の決心は揺るがず母を押し切って出ていこうとし、なおもすがる母親を父親が見かねて止めたという情景が浮かんでくるけど、それならなおさら、強い意志に満ちた足音が聞こえるはずで、キャリーバッグとかスーツケースがガラガラ鳴ったっておかしくない。
なのに、無音。
・・・・・。
これと似た話を、中島らもの短編で読んだ気がする。
主人公は盗聴癖のある男。引っ越したてのアパートでさっそく隣の部屋を盗聴すると、壁越しに聞こえてきたのは女性の優しい話し声。横にいる恋人か旦那と話しているらしい。しかし、不思議なことにいつも聞こえるのは女性の声だけ。膨らんでくる疑念と好奇心。さらに会話の内容も次第に不穏になってきて…、(耳飢え)
盗聴する時に、底の厚いウイスキーグラスを壁につけて糸電話みたいにすると音がクリアに聞こえるって描写がリアルなのにちょっとかっこよくて、印象に残っていた話。
まさか読んでから20年以上経って、自分の身に同じようなことが起きるとは。
ちなみにうちの両隣は、違法で民泊やってる中国人(でもうるさくないから別にOK)と、朝の3時に帰ってきて爆音で音楽かける北新地のバーテンダー(いくら壁が厚くてもあんなバカでかい音と振動はさすがに伝わるわ、脳筋野郎!)なので、ウイスキーグラスを試すつもりはありません。
それにしても、今朝のはほんとに何だったんだろう、、、